2015.12.19(土)

小犬陛下と饅頭屋 5-1

《お手伝い始めました》



夕鈴が店の裏手にある水場で桶に水を汲んで戻ると、李翔は横になる事なく店の彼方此方を眺めていた。

夕鈴が戻って来た事に気が付くと、徐に立ち上がりニコニコしながら夕鈴が持っていた水桶をひょいっと取り上げた。

「!」
「重いでしょ?どこに運んだらいい?」
「え、えっと、作業台の横に…。」

作業台まで水桶を運ぶと、夕鈴は笑顔で頭を下げた。

「ありがとうございます、李翔さん。
でもお客様なんですから、堂々と座ってて下さいね。
それに…ちょっと顔色も良くないようですし。大丈夫ですか?」
「えっ?……うん、大丈夫。」
「遠慮せずに休んでて下さいね!」

それだけ言うと今度は鍋を持って外に出て、戻って来たと思ったら鍋を置いてまた外に出て行った。


『大丈夫ですか?』

少し眉を下げ、心配気に自分を見上げた彼女の表情がずっと頭から離れない。

思えばあの様に親身に自分を労わってくれた人物が居ただろうか……。

ふと、常に厳しく仕事を詰めてくる側近や、滞りなく身の回りの世話をするちょっと怯え気味の内官たちの姿が思い浮かび笑いが込み上げてくる。

……居なかった。
いや、余程体調が優れぬ時などに声掛け程度はしてくれるが、彼女のように真正面から休めと言う者は居なかった。
まぁ、自分にそんな事を言える者など居るはずないのだけれど……。


李翔は忙しなく働く夕鈴の姿を、眩しそうに見つめた。




夕鈴は何時ものように隣の店から火種を貰い、慣れた手つきでかまどに火を入れ湯を沸かす。
湯が沸く迄の合間に店裏で薪を割っていると、いつの間にか李翔が横に立っていた。

「わっ!びっくりしたっ!!」

「ん?…ああ、ごめんね、驚いた?」
夕鈴の驚き具合に、李翔はクスクスと笑う。
「だ、黙って横に立たないで下さいっ!!」
「薪割りも仕事のうちなんだね〜。
毎日大変じゃない?」
「普通毎日誰でもする事だと思いますけど……。」
「ちょっと、貸してみて。」

夕鈴は申し出を断る間も無く手斧を奪われてしまった。

「李翔さんっ!」
「実は結構身体を動かすのが好きなんだ。」

そう話した後、李翔の身体が少し揺らいだように見えた。
そしてその直後、夕鈴が割ろうと足元に立てていた薪が突然カランッと音を立てて二つに割れた。
まるで測ったように綺麗に真っ二つに割れている薪。


え……、なんで急に…??


驚く夕鈴を見て、李翔はまた悪戯っぽく笑った。

「こういうの得意なんだよ。」

次の薪を立ててもう一度素早く斧を前に振る。
風を切る音がして、次の瞬間にはカランッとまた見事に真ん中から割れた薪が倒れた。

余りの速さに只々驚くばかりだ。

「わあぁ…!!凄いッ!!」

夕鈴が感嘆すると、李翔は照れつつも殊の外満足そうな表情になった。

│posted at 22:28:19│ コメント 0件
2015.12.19(土)

小犬陛下と饅頭屋 5-2

「良かったらここにある薪、割っておくよ?」
「え!?いやいや、結構ですから。
李翔さんは休んでて下さいっ!」
「んー、でも身体動かすとストレス解消出来るんだよねー…。やりたかったな〜。」


その姿は先程とは打って変わり、すっかりしょげかえった小犬のよう。


ええ…。
そんなにしたいものなの?
薪割りが……??

「そ、そりゃあ薪割りして貰えるなら助かりますし嬉しいですけど……。」
「じゃあ、決まりだね!」
「……あ、はい。」

黎翔の嬉しそうな笑顔に惹き込まれ、夕鈴は思わず頷いてしまった。



饅頭の生地をこねて、前日から仕込んでいた餡を包む。
そして出来たものから蒸して行く。

黎翔が薪割りを買って出てくれたお陰で、作業が随分と捗った。

火種を貰った御礼をする為、夕鈴は出来上がったばかりの饅頭を包み、店の外に出た。


「李翔さん?!」
「あ、もう出来たの?」
「おう、夕鈴ちゃんおはよう!」

夕鈴が裏口から出ると、李翔と隣の店のご主人が楽しそうに話していた。

「おはようございます!
えっと、李翔さんどうしたんですか……??」
「この兄ちゃんが、ウチの分もって薪を割ってくれてね!!助かったよ〜。」
仕事も早いし、凄いな兄ちゃん!!と肩を叩かれ、李翔も喜んでいる様だ。
「いや〜、夕鈴ちゃんにこんな男前の恋人がいるなんて知らなかったな〜。」
「こ、恋人じゃないですッ!
全く全然そんなのじゃないですからッ!!」
すぐさま夕鈴は真っ赤になって否定した。

……おやおや。

総菜屋の主人は、夕鈴の後ろで寂しそうな表情になった李翔を見てにやりと笑った。

「ん〜?そうか??
こんな朝から店ェ手伝ってるから俺はてっきりそうかと思ったのに。何だ違うのか〜。」
「もう、旦那さんはいっつも憶測でモノを言って…!
大概にして下さい!!」
そう言いながら饅頭を手渡すと、ご主人は待ってました!と言わんばかりの笑顔になった。
「いつもありがとうよ!」
「こちらこそ、いつもありがとうございます。」
「じゃあ、コレは薪割りの御礼だ。兄ちゃん、二人で食べなよ。」

隣の総菜屋さんこだわりの看板商品肉団子。

「「ありがとうございます。」」

夕鈴と李翔の声を揃えたようなお礼の言葉。

息もぴったりなのになぁ…と総菜屋の主人は思わず声を出して笑った。


│posted at 22:30:50│ コメント 0件
2015.12.24(木)

小犬陛下と饅頭屋 5-3

「じゃあ、ひと段落ついたら休憩にしますから、それまでもう少し待ってて下さいね!」

店に戻ると、夕鈴は二度目の蒸し工程の準備を始めた。

朝からずっと働いている彼女を、自分が手伝える事があれば手伝って早めに休憩させてあげたい……。

そう思った李翔は、何かにつけて手伝いを申し出た。

「何か手伝おうか?」
「それ運ぼうか?」
「重いでしょう?持っててあげるよ??」

夕鈴はそれをいちいち断わっていたが、とうとう李翔が釜戸の蒸し器に手を伸ばした時……。


「素手で触ると危ないでしょッ!!
いいからじっと座って待ってなさいッ!!!」

思わず李翔の手を払いのけ、叱りつけた!


ああぁっ!しまった……!!
ついうっかりお客様の手を……!!!


どうしよう!と思った途端。

「……はーい。」
頬を赤らめつつ素直に引き下がる李翔。


何がどうなったのか分からないが、李翔はニコニコと大人しく椅子に座った。

「い…良い子にしてて…下さいね?」
「うん。」

何だか分からないけどゴキゲンな間に作っちゃおう……。
夕鈴は今の内とばかりに、急いで饅頭を作る事に専念した。



「お待たせしました、李翔さん。
休憩にしましょうね!」

漸く作業がひと段落したので、李翔に声を掛けながらお茶の準備を始めた。

「じゃあ、ちょっといいかな?」
「何ですか?」

李翔は咳払いをしながら夕鈴の方へ向き直る。

「お嬢さん。…お饅頭を1つ下さいな。」

夕鈴はキョトンとなったが、すぐに李翔の意図に気がつき……。

「はい!ただいまッ!!」

気合いの入った全力営業スマイル。
李翔にはそれが一段と輝いて見えた。


丁寧に包んだ饅頭を渡して、代金を受け取る。

「コレでやっとちゃんとしたお客様だ。」
「そう言えばそうでしたね!」

2人で前回のやり取りを思い出し、笑い合った。


ようやく。
食べたい食べたいと思っていた饅頭を食べられる……。

夕鈴が見守る中、一口、遠慮がちに頬張る。
あの時同様、優しい甘さがじんわりと広がって行く。

「うん、美味しい……!」
「ふふっ、良かった!!」

少し頬を染めてはにかむ夕鈴。
その仕草がなんとも可愛らしい。


「あの……。折角だから、さっき貰った肉団子も食べようか。」
「あ、ではちょっと待ってて下さいね?」
夕鈴がいそいそと2人分の取り皿を準備する間も、李翔は饅頭をゆっくり大事そうに食べていた。

出来立ての饅頭はまだ少し熱い位に暖かく、一口食す度に身体の内から前日の政務の疲れが解れていくようだ。

この饅頭の美味しさ。
初めて食べた時以上かもしれない。


「……なんて美味しいんだろう。」

「出来立ては特に美味しいんですよ〜!」
そう言いながら2人分のお茶を淹れる。


……もし彼女が臨時妃に来てくれても、こうやって自分に接してくれるのだろうか……。


│posted at 14:57:28│ コメント 0件
2015.12.24(木)

小犬陛下と饅頭屋 5-4


じっと何かを考えながら見つめてくる李翔に気がつき、どうしたのかと少し戸惑う夕鈴。

不思議に思い首を傾げながらも、取り敢えず李翔に微笑んでみた。

「どうかしたんですか?」


ーーその上目遣いの微笑みが、昨夜想像した妃姿の夕鈴とシンクロするーー


夕鈴……。


思わず頬に触れようと手を伸ばし……た所で湯呑みに手が当たり李翔は我に返った。
コトコトッと湯呑みが揺れる。

慌てて湯呑みを掴もうとしたが、湯呑みは倒れ、床に落ち大きな音を立てて割れてしまった。


「あっ!」
「ご、ごめんねッ!!」

李翔は普段しない失敗をして動揺してしまった。

せっかく夕鈴が淹れてくれたのに……!

「大丈夫ですか!?やけどはしてないですか??」
「ああ、それは大丈夫だよ。それより湯呑みを割ってしまったから…」
「ちょっと見せて下さい!」

夕鈴は言葉を遮り両手で李翔の手を強く掴んだ。
手の平、手の甲、指先とやけどをしてないか確認していく。



柔らかい彼女の手が触れている。

其れだけの事なのに、何故こんなにも身体が熱くなるんだろう……。


「ん!大丈夫そうですね。良かったです。」
李翔の手にやけどが無いことを確認し、安堵の表情を浮かべながらそっと手を離した。


「うん……ありがとう。でも、湯呑みが……。」
「あー、まぁ、形あるものはいつか壊れる時が来るもんです。気にしないで下さいね!」
「いや、気にするよッ!……今度弁償するから…!!」
「ええ??そんなに気にしなくても……。
じゃあ、折角だから今度代わりの湯呑みを持って来て下さいますか?」
夕鈴が嬉しそうに提案する。

「うん……分かった。必ず。」


李翔のその返事を聴いて、また笑顔で割れた湯呑みをテキパキと片付け、新しくお茶を淹れなおしてくれた。


ああ……本当に…優しくて働き者だな。

湯呑みを割ってしまったのに、それよりも自分のやけどを一番に心配し、嫌な顔一つしないで割れた物を片付けてくれた。

やはり……この娘に臨時妃に来て欲しい。

先ずは色々と確認しなければ……。

「そう言えば、夕鈴はずっと此処で働いているの?」
「いいえ?働き出したのはひと月程前からなんです。
まぁ、働いたというより見習いのような期間が結構ありましたけど。」
「ふーん、そうなんだ。
饅頭屋さんも似合ってるけど……他の仕事とか考えた事ってないの?」
「他の仕事ですか?
ああ!!ありましたよ?
この仕事を本格的に始めるって時に、凄く良い王宮でのバイトの話があったんですけど、もう此処のバイトが始まってて……。
王宮ですよ!?王宮!!勿体無かったな〜!
先日またお誘いがあったんですけど……はぁ。」

今の所、住み込みは無理なんですよね〜、と夕鈴が溜息交じりに話してくれる。

「そうなんだ……。それは残念だったね……。」



夕鈴。


やっぱり君が臨時妃の第一候補者だったんだね……。


夕鈴が住み込みバイトを断った時の事を考えた一瞬、李翔の紅い眼が妖しく揺らいだ。

│posted at 14:58:37│ コメント 0件
2015.12.24(木)

小犬陛下と饅頭屋 5‐5

「さ、ではお饅頭の蒸しあがりまでにコレも頂きましょう?」
夕鈴が笑顔で隣の主人がくれた肉団子を取り分ける。

「じゃあ…。」「「いただきます。」」

2人同時に一口大の肉団子を頬張る。

肉団子は肉汁が溢れる程に柔らかく、肉と中に入っている野菜の旨味が絶妙に混じり合い、何とも言えない美味しさだった。

「これは……美味しいね!」
「んん〜〜!!美味しいですよね!
滅多な事がないとこの肉団子は食べられないんですけど、今日は李翔さんのおかげで食べる事が出来て幸せです〜!!」
眼を輝かせながら肉団子を食べる夕鈴。
また一口入れてはやっぱり美味しいわ〜と満面の笑顔になる。

こんなに嬉しそうに何かを食べる子、初めて見た……!

「李翔さん、本当にありがとうございます!」
嬉しそうにお礼を言う夕鈴を見て、黎翔は思わず胸元に入れている小箱を服の上から触れて確認した。

肉団子でこんなにも嬉しそうにしている夕鈴だ。
この贈り物に、どれほど喜んでくれるのだろうか……。


「あのね夕鈴。」

どこか緊張した面持ちの李翔は、肉団子を食べ続けている夕鈴に話しかけた。

「ん、なんでふか?」(モグモグ)
「実は、今日はお饅頭の他にもう一つ用事があって来たんだ。」
そう言うと、李翔は懐から細長い木箱を取り出した。

木箱には光沢のある鮮やかな朱色の紐が花模様に結ばれている。

「それは……?」
「夕鈴、先日は絡まれてたところを助けてくれて……ありがとう。
これはその御礼に、君に贈らせて欲しい。」
「ええ〜!?いや、あの事は本当に気にしないで下さい!……むしろ私の知り合いが…申し訳ありませんでした!!」
改めて謝罪をする夕鈴を手で制する。
「いや、彼らも町の為にした事だろう?
それはいいんだ。」

李翔は立ち上がり、夕鈴の手を取った。
「でも、あのままだとずっと彼らに付き合う事になってただろうし…。
とにかく、僕はとっても助かったから…。
だから、御礼に…これを受け取って欲しい。」

そして両手で夕鈴の指先を包み込んだ。

「!!」

夕鈴はそっと手を離そうとしたが、李翔の手が絡み付いて離れない・・・。



「夕鈴、どうか受け取って?」



│posted at 15:04:43│ コメント 0件
プロフィール

えぐち

Author:えぐち
江口(。-_-。)と申します。
場合によって、漢字のみだったりひらがなだったり。
どうぞよろしくお願い致します。

当ブログは、原作・原作者様・出版社様とは一切関係がありません。
初めましての方は、『はじめに』をご覧下さい。

 
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