2015.11.13(金)

小犬陛下と饅頭屋 2ー1

《出会いの後》


【下町 章安区】

「オイ、お前もう店は良いのか?」

夕鈴は大通りで夕飯の買い出しをしていると、突然声を掛けられた。

振り向くと案の定、幼馴染のあの男だった。今日は仕事の途中なのか、店の若い衆達を連れている。
「あっ!出たわね金貸し息子!!」
「またお前は何でそう突っかかった物言いしか出来ねぇんだ。
それより饅頭屋はどうした?」
「ああ、お店はもう完売したから終わったの。今日は常連さん達が結構来てくれたしね。
…売り上げは何時ものようにアンタん家の番頭さんに預けたからよろしくね。」
「そうか。まぁ、早く売れたんなら、漸く常連客がお前の味に嫌々ながらも慣れて来たって事かな。」
几鍔が半目で夕鈴の顔を見ると、いつもの様にぷっくり頬が膨れていた。
「失礼ね!腕が上がったのよ……きっと!!」
「ぷっ、どうだか!」
夕鈴の自信があるんだかないんだか良く分からない言い方に、思わず吹き出してしまった。

几鍔は連れていた店の若い衆に二言三言話し先に行かせると、夕鈴の方に向き直った。
「なぁ、ちょっと店の事で話があるんだが、ちょっと時間あるか?」
「ええ、ココで?ウチで話しても良いけど…。」
「いや、俺も仕事があるから今ココでいいや。
で、店の話なんだがな。ここ何日かで段々饅頭の売り切れる時間が早まってるし、もう少し作ればもっと売れるんじゃないのか?」
「うーん、そうなのかしら…。
ああ、そう言えば。今日完売した後に来たお客さん、とっても残念そうにしてくれてたのよねぇ。私も何だか申し訳なくて…。」

お饅頭がない、それだけで悲しげに項垂れていた最後のお客さんを思い出した。
ついついほっとけなくて商品じゃないワケアリ饅頭を渡してしまったけれど、あの人お饅頭気に入ってくれたかしら…。

「だったらもう少し数増やしてみろって。そしたら今より稼げるだろ?」
「でも…、作り過ぎて残っても勿体無いし。それに早く終わらせて店を閉めないと、次の明玉の所のバイトに間に合わないし…。」
「なら、売れ残ったら明玉ん所の飯屋で土産用なんかに置かせて貰えよ。飲み会帰りの客が家族にって買ってくかも知れねえし、利益の何割かを飯店に渡すって事にしたら多分店に置いてくれんじゃねぇか?」

「えっ!!本当に?
それだったら、もう少し作ってみたいな。
…そうなると、先ずは店長と女将さんに相談しなきゃね…。」
「女将の方は任せとけ。連絡しといてやるから。店長へは、お前の交渉次第だな。」
そう言うと、几鍔は挑発する様に夕鈴に向かってニッと笑った。
「…やれるか?」

「もちろんよ!!」




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2015.11.13(金)

小犬陛下と饅頭屋 2ー2

【王宮 執務室】

陛下が戻られたら目を通して貰わねば…と、書簡の束を携えた李順が執務室の扉を開けると、そこには真面目に机に向かう黎翔の姿があった。
驚いて書簡を落としそうになったが、何とか持ちなおし直ぐに扉を閉めた。

「陛下…!一体何処へ行ってたんですか!?
それと、お戻りになられたなら、きちんと私にご報告下さいっ!!」

「…ごめんごめん。次からはそうする。」
「『次』など御座いませんっ!!」

李順は余り反省してなさそうな黎翔の言葉を撥ね付ける様に言い放った。
もっと…もっっと言いたい事はある!
書簡を握り締め、小言を言いだしそうになるのを堪える。
…とはいえ、思いの外早く帰って来たものだ。昨日のあの様子だと、夜までは戻って来ないかと思っていたのに…。

李順は窓から空を見上げた。
昼は過ぎたがまだこれから始まる協議には間に合う。
「それでは、協議の時間迄に何か軽食を御用意致しましょう。」
急いで準備をしようとする李順を引き止めた。
「食事は良い。それより、その間に方淵からの報告書と王都関連の案件の年間計画書をもう一度読み直したい。此方に持って来てくれ。
…後、今夜はちゃんと妃の所に行く様にするよ。」

李順の目が丸くなる。
「…何?」
「陛下、何か変なモノでも食べましたか?」
「…どういう意味だ。」

「いえ、気分転換が出来て大変ようございました。では、先ず報告書をお持ちするので暫くお待ち下さい。」
機嫌良く退室する李順を眺めながら、ふと先程下町で食べた饅頭の味を思い出した。

「…とっても美味しいお饅頭なら食べたけど。」

明るく元気な饅頭屋の娘だった。
その娘の優しさに触れ、真面目に働く姿を見て、何だか自分も頑張ろうと思えたのだ。

黎翔は満足気に微笑むと、李順が戻って来るまでに…と、机の上に置かれていた昼からの協議用の資料に目を通し始めた。
│posted at 22:23:06│ コメント 0件
2015.11.13(金)

小犬陛下と饅頭屋 2ー3

《それぞれの日々》


夕鈴は持ち前の交渉術と勢いで飯屋の主人の許可を貰い、少しずつ作る饅頭の数を増やした。

どんなに同じ様に作っても女将の饅頭と全く同じ味にはならない。それでも常連のお爺ちゃん達に、段々女将の味に近付いて来てるよと褒められる様になってきて、夕鈴も更にやる気が出た。
明るい夕鈴の接客も好評で、饅頭屋の女将が休んで離れていた他の常連も徐々に戻って来ている。
それに加え、几鍔がさりげなく的確なアドバイスをするお陰で、夕鈴は確実に売り上げを伸ばしていった。



「あら、几鍔どうしたの?」
いつも饅頭屋バイトが終わるまでは姿を見せない几鍔が開店中に現れた。

「んー、ちょっと気になる事があってな。」
そういうと、勝手に店の椅子に腰を下ろす。
「お茶。」
「…はいはい。」
ぶっきら棒な幼馴染に仕方なくお茶を淹れてやる。

「昨日の深夜にこの向こうにある小間物屋の主人が襲われたそうだ。…知ってたか?」
「ええ。さっき、そのご主人の親戚だっていう常連のおばあちゃんから話を聞いたわ。
何でも、金目当てなんだとか。物騒な話ねえ。
ご主人、奥さんに先立たれてからたった1人でお店を続けてたらしいのに、とってもお気の毒だわ…。」
几鍔にお茶とワケアリ饅頭を出しながら答える。
「今度は両足の骨を折る大怪我だ。…もしかすると、女将を襲った奴と同じ奴かも知れねえ。」
「そうなの!?」
几鍔は出された饅頭にかぶりつきながら頷いた。
「一か月前に金物屋の兄さんも金目当てで襲われてたらしいんだ。幸い、この兄さんは逃げる事が出来たんだが…。それで、どうもこの辺りの店の奴が狙われてるんじゃねえかって話になってな。
これ以上怪我人が出てもいけねぇから、暫くの間ウチの若い衆が朝昼晩見回りをする事になったんだ。」
「そう!じゃあ、私もお店が早く終わったら昼の見回りのお手伝いしようか?」
「…お前に何が出来るんだヨ。」
ビシッという音と共に、几鍔の手刀が夕鈴の額に直撃した。
「あいたっ!!何すんのよっ!」

「…お前はすぐ無茶しようとするんだから。
そんな事よりお茶出すとかの方がよっぽど助かんだよ。」
「ん!じゃあ、今度差し入れ持ってくわ!」
「おう。それで頼むわ。」
几鍔はニッと笑うと夕鈴の頭をガシガシ撫でた。
「ちょっ!もう!!髪がぁっ!!」

│posted at 22:32:06│ コメント 0件
2015.11.13(金)

小犬陛下と饅頭屋 2ー4


あの饅頭屋に行った日から、精力的に政務と夫婦演技をこなしていた黎翔だが、やはり臨時妃との時間は拷問にも思える程憂鬱なものだった。

李順に忠告されてから、目に見えたアプローチは控える様になったが、そのかわり香油の香りが一段と強くなっていった。
上品な妃専用の香油だろうと、使い過ぎると質の悪い妓館の香と大差ない。
そんな事も分からないのかこの娘は…と呆れてしまう。そしてそれを止められぬ侍女達にすら憤りを覚える。
理不尽な事だと自分でも思うが、もう限界が近くなっているのだ。

…そもそも、余り我慢は得意ではないのだから…。

そして、黎翔はもう一度李順に忠告する様に命じたのだった。


だが…妃役の趙 麗華は、自分で自分の香りがどんなに強いのか分からない程に感覚が麻痺してしまっていた。
忠告はなされたものの、中々に香の量は減らない。


ある朝、後宮から政務に向かう前にも夫婦演技を女官達に見せておこうと臨時妃を呼び出したのだが、朝も早いのにまたむせ返るほどの香が…。

……こうなったら相手に合わせて言う事を聞かせた方がまだ気が楽かも知れない。

黎翔は臨時妃の髪をするりと撫でて、その媚びる様な瞳を見つめた。
「妃よ…その香も良いが、私は君自身を…愉しみたいのだ。…たまには香の類を使わず、君のありのままを私に愛でさせて欲しい。」

そして頬に片手を添え、優しく囁く。
「…私の願いを聞いてくれるか?」
臨時妃はうっとりと蕩け切った表情を浮かべている。

「…ええっ!もちろんですわ!!」


その日から臨時妃は香油類を全く使わなくなった。



うん、暫くはコレで行こう。

…嫌だけど。
ものすご〜〜く嫌だけど…。



ああ、また下町に行きたいな。


ここ数日、下町で食べたあの饅頭の味が忘れられないでいたのだ。
…あの優しい甘さをもう一度味わいたい。


『また来てくださいね!』
饅頭屋にいた元気な娘の顔が思い浮かぶ。

お饅頭を買う約束もしてるし…。

うん、そうだな。
約束はきちんと守らないといけないよね。


……早めにね。



黎翔は朝議の後、また忽然と姿を消した。


ま…またかっ…!!

李順は隠密から伝言を聴かされ、ガックリと肩を落とした。
│posted at 22:34:33│ コメント 2件
2015.11.26(木)

小犬陛下と饅頭屋 2ー5

《ワケアリのお客さん》


その日の早朝、夕鈴の店にまた几鍔がふらりとやって来た。
自警を買って出てくれた若い衆達に店の饅頭と夕鈴が得意な点心の差し入れをしてやってくれと、大口の注文をしてくれたのだ。点心の材料も几鍔が持参してくれたので、金銭的にもかなり助かる。夕鈴は二つ返事で引き受けた。

几鍔から注文された饅頭を折に詰めた後、贔屓にしてくれる御近所さんたちも次々と来てくれ、気がつくと饅頭はあと2つ…。今日は早めに店を閉めて差し入れ用の点心でも作ろうか…、と思いつつ表に出していた蒸し器を抱えた時、背後から声を掛けられた。

「あのっ、こんにちは!」
「いらっしゃいませ…あっ!」
声がした方へ目をやると、そこには…以前ワケアリ饅頭を渡した眼鏡の青年が立っていた。

「この間の…!
わぁ、お客さん、来てくれたんですね!!」
嬉しくて思わず声が大きくなる。
ワケアリ饅頭はどうやら気に入ってもらえた様だ。
夕鈴が自分のことを覚えていたと分かり、お客はそれは嬉しそうな笑顔になった。
「この前約束したからね。…今日はお饅頭あるかな?」
そう言いながら、夕鈴が抱えている蒸し器を見つめた。表に出していたのを片付けているので不安になったのだろう。
「ええ、ありますよ。ギリギリ、最後の2コです!」
「ああ、良かった!これが食べたくてずっと我慢してたんだ。」
「まあ…!」
ホッとするお客の顔を見て、夕鈴は楽しそうに笑った。
「そんなに気に入って頂けて良かったで……あ。」
夕鈴は、お客の斜め後ろを見つめて突然困った顔になった。

お客が振り返ると其処には、今にも泣き出しそうな小さな女の子と男の子が…。

「もしかして……お饅頭を買いに来たのかな?」
こくりと頷く子供達。

自分も…何日も我慢してたんだけど……。でも……。
お客は気まずそうに夕鈴と顔を見合わせた。

夕鈴は困惑気味にチラリと奥を気にしては、また何とも言えない顔になった。
と言うのも、今朝来た几鍔にワケアリ饅頭を出してやった所、見事に全部食べられてしまったからだ。
もう、味見に使える饅頭もない…。
夕鈴は無理やり笑顔を作ると子供達に話しかけた。
「その、ごめんなさいね…。今日は…」
「待って!」
お客は夕鈴の言葉を遮り、しゃがみ込んで子供達に優しく問いかける。
「…2個で良いのかな?」
「「うんっ!!」」
子供達は元気良く頷くと、ぱああっと笑顔になった。

それを見てお客も優し気に微笑んだ。

「さあ、包んであげて?」

「え、…でも。」

「僕は…また今度買いに来るから。」

何て優しい人なんだろう…。
よく見ると眼鏡で隠れ気味だが、切れ長の目元が素敵な美形の青年だ。

顔が良いと心にも余裕が出来るのかしらね〜。
そんなちょっとズレた事に感心しながら夕鈴はぺこりと頭を下げ御礼を言った。
お客は満足そうな顔で、うんうんと頷いてくれた。

│posted at 17:11:12│ コメント 0件
プロフィール

えぐち

Author:えぐち
江口(。-_-。)と申します。
場合によって、漢字のみだったりひらがなだったり。
どうぞよろしくお願い致します。

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初めましての方は、『はじめに』をご覧下さい。

 
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