2015.11.26(木)

小犬陛下と饅頭屋 3ー1

《運命の糸を辿って》


「窓よし!」
「火元よし!」
「戸口の鍵もよし!」

夕鈴は丁寧に戸締りの確認をすると、几鍔に頼まれた差し入れが入った折を抱えて店を後にした。


大通りの端辺りから一本奥にある通り。
そこは余り人がいない倉庫等の多い区間だ。
自警を買って出た几鍔の子分達は、そんな人通りの少ない所を中心に、商店が並んでいる区全体を見廻っている。

この辺で受け渡す話だったんだけど…。

大通りと奥の通りの境目で暫く待って居たが、まばらに人はいるものの近くに几鍔の子分達の姿がない。

夕鈴はキョロキョロと辺りを見渡した。
その時。

「ーーー」

何処かで何人かの男が喚くような声が聞こえて来た。
意識して聞いてみると、どうも通りの路地裏が騒がしい。

もしかして、子分達…?
怪しい人物を見つけたのかしら…。

普段は几鍔に危ないから近づくなと止められている場所だが、本当に子分達が怪しい人物を捕まえたのなら几鍔に報せに行った方が良いかもしれない。
そう思い、こっそり覗くとやはり其処には几鍔の子分達の姿が。

誰かを数人で囲み、なにやら問い詰めている様だ。

「だから、何処から来たんだって言ってんだろーが!」
「えー。何で言わなくちゃいけないのかな?」
「お前が怪しいからに決まってんだろうっ!?」
「うーん、そんなに怪しいかなあ?」


……。

何だかイマイチ状況が解ってないのか、のんきに絡まれてる人ね〜…。


几鍔の子分達が囲んでいる怪しい長身の人物。
深くフードを被っているが、眼鏡や外套、裾からちらりと見える服の色。どれも見覚えがある。

そしてあのにこやかな口元…。


っていうかアレ、さっきのお客さんじゃないっ!?

夕鈴はそう思うと同時に勢い良く飛び出すと、男達の前に立ちはだかった。


「ちょっと、止めなさいよっ!!」



│posted at 17:20:22│ コメント 0件
2015.11.26(木)

小犬陛下と饅頭屋 3ー2

「…君は…!?」

几鍔の子分達に絡まれていた先程の客は突然現れた夕鈴に驚いたのか、それまでののほほんとした表情が消えた。


「あんた達、何やってんのっ!!」
「お…オイ、お前こそ何やってんだ…退けっ!」
「!」
子分達が夕鈴に近付こうとした瞬間、客は夕鈴の手を引くと庇うように前に出た。

「きゃっ!」

急に手を引かれた夕鈴はバランスを崩してよろける。

その先には、建物の壁に沿って乱暴に山積みされた、割れた壺や大きな焼き物の欠片が……。


「危ないっ!!」

思わず子分達が同時に叫ぶ。


「えっ!?」
客は振り向くと、倒れそうになった夕鈴の肩に手を回し、素早く抱きとめた。
男の免疫など全くない夕鈴は、恥ずかしさから顔が真っ赤になる…。

「ってめえ!夕鈴に何しやがるっ!!」
「手を離せっ!」
「夕鈴に何かしたら…承知しねえぞっ!!」
夕鈴の危機かと誤解した男達は、一斉に殺気立った。

それを見渡して、客は戸惑いつつ夕鈴の顔を見つめた。

「もしかして……君、ゆうりん?」
「…はい。」

「じゃあ、この人達は……お知り合い?」
「…はい、そんな感じです。」

夕鈴は1つため息をつくと、ありがとうございますとお礼を言いながらお客から離れた。


そしてキッと男達を睨みつける!


「みんな落ち着きなさいっ!!
この人はウチのお客さんよ。怪しい人なんかじゃないわっ!!」

「夕鈴の…店の客…?!」
「そうよっ!」
「でも…この辺では見かけねえ奴だし…!」
「遠い所からわざわざ来てくれてるお客さんなの!子供達にも優しい人だし、人柄は私が保証するわっ!!」

殺気立っていた男達は夕鈴の話を聞き、漸く落ち着いた様だ。
戸惑った様子でコソコソと耳打ちし合っている。

「……かっこいいッ。」
そして何故かお客は頬を紅く染めている。


「でも…それなら尚のことちゃんと調べておかなきゃ…。」
「な、ん、で、よっ!!」
「え…。だってホラ…兄貴が…。」
「……何で几鍔が出てくんのよ。
とにかく怪しい人じゃないって言ってんの!
ホラ、これ差し入れあげるから。
他のもっっと怪しい人物を捕まえてよねっ!!」

夕鈴は几鍔の子分の1人にぐいっと差し入れの折を押し付けると、お客さんの袖を引っ張り一緒にその場を離れた。

│posted at 17:21:52│ コメント 0件
2015.12.07(月)

小犬陛下と饅頭屋 3ー3


「もう、あいつらは血の気が多いというか何というか見境なく声掛けてんのかしら…。」
ブツブツと文句を言いながら裏路地から大通りまで出て来た所で、夕鈴はずっとお客の袖を引っ張り続けていた事に漸く気付いた。
「あ、ごめんなさい!つい引っ張っちゃって…。」
袖がよれてしまっていたので慌てて整えてあげている間、お客はニコニコと嬉しそうにしていた。


「いや、本当にありがとう。絡まれちゃってこれからどうしようかと思ってたから、助かったよ。」
お客はまたほんのりと頬を染める。
「こちらこそ、知り合いがご迷惑をお掛けしてしまってごめんなさい!
…実は最近、この辺に金目当ての暴漢がいるらしくて、怪しい人が居ないか若い衆達が見廻りしてるんです。
多分、お客さんの事を見たことなかったから、あんな事を…。」
「ああ、そうだったの。見廻り、自分達でしてるって事?
ここらの警備兵とか、…町の巡回とかしてるんだよね?」
「……お願いはしてるんですけど…ね。腹立たしいけど、他が忙しくて手が回らないそうなんです。」
そう言って夕鈴がお客の顔を見上げた時。

「ー…。そうか。」
一瞬、お客の眼が…別人の様に見えた。

ゾクッとする程に冷たい深紅の瞳…。

…だった気がしたが、改めて見るとお客は何時もの優し気な表情で、なるほどねぇ、と小さく頷いていた。
「えっと、あの、だからあんまり裏路地は使わない方が良いですよ?」
「うん、…そうだね。ありがとう…夕鈴。」
お客は優しく微笑んだ。

「まぁ、とにかく何事も無くて良かったです。それじゃ、お客さん。気を付けて帰って下さいね。」

「あ…待って!」

笑顔で去ろうとした夕鈴だったが、お客に腕を掴まれ引き止められた。

「ねぇ、助けてもらった御礼がしたいんだけど、…この後時間ある?」
「えっ?御礼なんて、結構ですから。
あのバカな奴らが失礼な事したんですし、こっちがお詫びをしなくちゃいけない位です。」
「そんな事ないよ。君がお客だと言ってくれたお陰で助かったワケだけど。
僕、まだお饅頭一度も買ったことないんだよ?」
「あ、本当だ…!
でもまあ、お店に来てくれてたんですから、大事なお客さんです!」
クスクスと夕鈴が楽しそうに笑う。

その表情が、なんとも可愛らしく見えた。

│posted at 13:30:02│ コメント 0件
2015.12.07(月)

小犬陛下と饅頭屋 3ー4


お客はスッと夕鈴の手を取り、自分の両手で優しく包み込んだ。

余りにも自然な動きだったので、夕鈴も意識する事なくされるがまま…。


「だから…是非、君に御礼がしたい。ダメかな?」
そう言うと、お客は夕鈴の瞳を見つめた。


それはまるで小犬が遊んでくれる…よね?と期待を込めて見上げる表情の様で、断るのが酷く躊躇われる……。


顔が良いと、これほどまでにお願いを聞いてあげたくなるものなのかしら。

夕鈴はまたそんな風にズレた事を考えていた。


そして、そこでお客と手を重ねている事に今更ながらに気が付き、赤くなりつつもサッと手を離す。

…お客は残念そうだ。


「あの、お気持ちは嬉しいんですが、この後も買い出しとか家事とか他のバイトとかありますから…ごめんなさい。」
そう答えると、夕鈴は深々と頭を下げた。

「…えッ!この後に家事や他のバイトもあるの!?」
「ええ、隣の区のお食事処で。だから…ごめんなさい。」
「な…なら」
「そうだ!良かったらお客さん、今度そちらの方にも来て下さいね。
美味しい水餃子があるんですよ…っ!!」

夕鈴得意の元気な営業スマイルが眩しい。

余りにも素っ気ない断られっぷり。
更に話題も変えられ、どうする事も出来そうにない。
「そうか…。じゃあ今度そのお店にも行くからね。」
お客は力なくそう答えた。

「よろしくお願いします!
言って下されば予約なんかもしておきますからね。結構人気のお店なんで…ああ、そう言えばっ!」
夕鈴は何かを思い付き、おずおずとお客を見上げた。

「お客さん……、お名前をお聞きしても…?」


「えっと、僕は……り…しょう。…李翔だよ。」
李翔と名乗ったお客は何度か頷くと、柔らかな笑みを浮かべた。

「…李翔さん、ですね?
それでは李翔さん、いつでも言って下されば予約しておきますから!」
そう言うと夕鈴はペコリとお辞儀をした。

「私、買い出しがあるのでそろそろ失礼しますね。
じゃ、また、お店に来て下さいねっ!」

明るく手を振りながら去って行く夕鈴の姿を、李翔は手を軽く挙げたままぼんやりと見送った。

「うん、また、必ず……。」


│posted at 13:33:00│ コメント 0件
2015.12.19(土)

小犬陛下と饅頭屋 3-5

《初めての『想』》


ああ、残念だ。…もっとあの娘の面白い所が見たかったのに。

そう思いながら夕鈴の後ろ姿を見送った。


バイトもあるんじゃ仕方ないな。

むしろ、誘われたからとバイトを急に休んだりせず、仕事として責任持ってきっちり勤めるというのはやはり真面目で好感が持てる。

手を繋いだだけで真っ赤になって戸惑うのも可愛らしいし面白い。
そして何より…。
凄む男達に負けず劣らず(むしろ勝ってた)の、勇ましい姿がとても良かった。

あの元気な娘といると、如何してだか自分まで元気になれるのだから不思議だ。

…恐らく毎日朝早くから夜まで、夕鈴はあの調子で元気に一生懸命働いているのだろう。
自分も、早く戻って仕事を頑張らないと…。

そう考えながらの帰り道で、大きな小間物屋を見つけた。

少し迷ったが、先程の礼になるものがあるかもしれないからと、店に立ち寄り女物の小物などを見せて貰う事にした。

贈物に出来る良い品を…と話すと、店の者が嬉々としてこれぞという高価な品物を選び出して来た。
大振りの花細工の簪の数々、べっ甲や金で出来た透かし模様の櫛、金糸銀糸で細かく編まれた様々な帯飾りなどを、これなど如何ですかと次々に勧めて来る。

しかし、どれを選べば良いのか。

せっかくの機会なのだから、喜んだ顔も見てみたい。
あの娘…夕鈴はどんな物が好みなのだろうか。
どんな物を贈れば喜んでくれるだろうか。

けれど…、さっぱり分からない。


そもそも、だ。
今まで自ら女性に何か贈ろうとした事など無かったのだから、どういった物が喜ばれるかなんて分かるはずないのだ。



結局、何も買わずに店を出た。



ちょっと…良く考えてからにしよう。


そして、少しでも早く戻って仕事をするため、足早に王宮へと向かった。
│posted at 21:47:20│ コメント 0件
プロフィール

えぐち

Author:えぐち
江口(。-_-。)と申します。
場合によって、漢字のみだったりひらがなだったり。
どうぞよろしくお願い致します。

当ブログは、原作・原作者様・出版社様とは一切関係がありません。
初めましての方は、『はじめに』をご覧下さい。

 
訪問者数