2015.12.24(木)

小犬陛下と饅頭屋 6-3


「では・・・期限が来るまでは、きっちりと努めよ。」

陛下の声は、徐々に低くなっていく。
「……本物に見える…臨時妃として、な。」

「あ……?
は…い、臨時妃として…。」
色々と期待していただけに、その言葉にあからさまにがっかりする臨時妃……。

「仕事があるのでもう少ししたら戻る。
暫くはここで仕事をするので……邪魔をするな。」
表情は柔らかだが、口調は厳しい。
恐ろしいと噂の冷酷非情の狼陛下。
何故かは分からないが、その人が苛立っているように見える……。

「はい……畏まりました……。」
陛下の様子に怯えた臨時妃は、すごすごと寝室へと引っ込んだ。




【白陽国王宮 執務室】


「如何しましたか?そんなにニヤニヤと……。
……まさか臨時妃と何か?!」
その途端、それは嫌そうな顔になる黎翔。
「絶対にそれはない。」

「今日の臨時妃の姿が凄くてな。
……久々に後宮の本来の姿を見たよ。
益々鬱陶しさに拍車がかかったな。」

着飾った臨時妃の姿は、まさに……本物の妃。
記憶の片隅にある本物の毒花の姿だった。

「ああ、今日は殊の外艶やかにしておりましたね。
まぁ、あの位が丁度良いのではありませんか?」
御寵妃様らしくて、と言いながら李順は書類の束を黎翔の前にドサッと置いた。
より険しくなる表情。
「……全く……下らんな。」
そう言いながら書類を手に取った。
そのままの表情で黎翔は仕事を続けていたが、暫くするとふと笑顔に戻る。
李順はそんな黎翔を不思議に思いながら見ていた。



豪奢に着飾った臨時妃。

倹約を信条とする夕鈴とは真逆の姿だ。

今日夕鈴が受け取りを拒否した簪と似た様な物が、幾つも髪に飾られていたが、夕鈴が見たらどんな御説教をするだろうか。

『こんなに何本も……無駄です!!』
『え?この衣装は一枚で十分ですよね!?』

驚きつつもビシバシと駄目出しする夕鈴の台詞が容易に想像出来て、思わず笑いが込み上げてくる。




夕鈴はやっぱり面白い妃になるんだろうな……。

……次はデートの約束が待っている。
その時間の為なら、仕事も軽く頑張れそうだ。


次に会う約束をしただけでこんなにやる気が出るなんて思わなかった。
ミスをした官吏達にも何故か優しく対応出来たし、そのおかげで官吏達にもやる気が出て随分と仕事が進んだ。


夕鈴が臨時妃になって、直ぐに会えるようになったら……もっと仕事が捗るのだろうか……。


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2015.12.24(木)

小犬陛下と饅頭屋 6-2

《後宮の花》


「もう……違うったらッッ!」

苛立ちを露わにした女性の声の後、何か物を叩いた様な音が廊下まで響く。

「も…申し訳ありませんっ!」

狼陛下の後宮に住まう唯一の寵妃の部屋に、床に頭を押し付け許しを請う女官の姿があった。
「あなたはもういいからお下がりなさい!
誰か、もう少しゆったりと……美しく見えるように結い上げて頂戴ッ!!!」

「はい、只今…。」

直ぐに別の女官が妃の背後に回り、戸惑いながら結った髪を解き、櫛を通し始める。

「誠に……申し訳御座いません…。」
床に手を付いたまま座り込んでいた女官は他の女官に促され、もう一度頭を下げた後静かに退室していった。

その後、部屋には『もっと美しく…!』という妃の要望に応えるべく、次々と新たな宝飾品が運ばれ、衣装もより華やかな物が用意されていく。



飾り職人との謁見以降、臨時妃はより見た目を良くしようと躍起になっていた。

宝飾品を選んでいる時に見た、陛下のあの麗しい微笑み。
あの時。
陛下が演技でなく心から微笑んで下さったと思い、苦しくなる程に胸が高鳴った。


もしかしたら、自分に振り向いてくれるかも知れないと考えて……。


しかし、それ以降、夫婦演技に特に変化は無かった。
夜、妃の部屋を訪れても、側に近寄る事すら憚られる程の険しい顔で書物を読んだり仕事をしたりするだけ。
……今迄と全く変わりが無い。


今日、眼鏡を掛けた側近から契約終了時の注意事項などの話があった。
焦りに焦った臨時妃は、着飾り様が足りないのかもしれないとの考えに辿り着き、今に至る。


もっともっと美しく着飾って、もう一度あの時の様に微笑んで……見つめて貰うのよ!!


「……コレより豪華に見える物はないの?」
「申し訳御座いません……只今…探して参りますので……。」
青ざめた女官達が慌ただしく部屋を行き来するのを横目に見ながら、臨時妃は挿していた柔らかな色合いの花簪を抜き取り、ギュッと握り締めた。

こんな可愛らしい物ではダメだわ……。


もっと豪奢に妃らしくしなくては!

どんな貴族の女よりも艶やかに……!!



陛下の目に留まる為に……!!!



そして夜。


「お妃様、陛下のお渡りで御座います。」
「!!」

ススッと女官の1人が姿見を持って妃の前へ出て、もう1人が失礼しますと言いながら化粧を仕上げていく。
最後に女官達は着飾った妃の衣装を綺麗に整え直した。
自分達でも納得の出来栄えだと思う。
昼間、大層機嫌の悪かった妃も満足気な様子で、女官達は密かに安堵していた。

それが終わると同時に、部屋に狼陛下が入って来た。
女官達は部屋の隅に下がり、深い礼をとる。

「妃よ……。」

陛下!!!

臨時妃がゆったりと振り返ると、狼陛下が息を呑み僅かに驚いた表情になった。

「……これはずいぶんと……艶やかな……。」
暫し固まった後、満面の笑みを見せた陛下。

それを見て臨時妃も女官も、心の中で『よしッ!!』と叫んだ。
笑顔で妃に歩み寄る陛下に、女官達はしずしずと下がっていった。

「……今日は一段と華やかだな。」
「は……いっ!
何としても……本物のお妃様に近付ける様にと思いまして…!」

それを聞き、陛下はクスクスと笑い出した。

「ああ、そうか。なるほど。
まさに……その姿は本物の妃だな。」


その言葉に、臨時妃の期待は高まる。

こんなに楽しそうに笑う陛下を、今まで見たことがなかったのだから当然のことだった。



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2015.12.24(木)

小犬陛下と饅頭屋 6-1

《幼馴染み》



「兄貴!!」
「例の男を見たって惣菜屋の親父さんがッ!!!」

仕事中に突然子分達が店に飛び込んで来た。
几鍔は子分達から話を聞き、急ぎ惣菜屋へと向かった。


「お、何だ几鍔じゃねえか。どうかしたのか?!そんなに慌てて…。」
惣菜屋の旦那は、何時もと違った様子の几鍔に何事かと驚いている。
「慌ててなんてねぇよッ……。
ところでおやっさん、この辺では見掛けねえ怪しい男がいたって本当かッ!?」

もしかしたら夕鈴の店にも行ったかもしれない。

「ああ、メガネかけてる長身の色男だろ?
見かけたんじゃなくて会って話したんだよ。
あんまり怪しい感じはしなかったんだがなぁ。」

……色男??

「いつ会った!?」
「ん?ああ、今朝早くだ。
店を開ける頃に居なくなってたがな。」

そんなに早い時間にウロウロしてたのか!?
夕鈴は店の客だと言っていたが開店する頃に居なくなるってのも怪しいな……。

「饅頭屋の手伝いをしてたから、恋人かと思って話してたんだ。そしたら夕鈴ちゃんに恋人じゃない!って否定されちまってなぁ。」
あっはっは、早とちりだったみたいだなぁと大声で旦那が笑った。
「朝から…店の手伝いィ??
その男は夕鈴一人の店ン中に……上がり込んでたってのかッ!?」

夕鈴には警戒心というモノはないのだろうか。

長身の…色男。
もしかして、夕鈴はその男に騙されそうになってるんじゃないのか!?


「……あンのバカがッ!!」

その几鍔の様子を、旦那は内心ニヤニヤしながら見ていた。
長年の噂通り、几鍔は夕鈴の事を想っているのだろうか。

「なんだ、夕鈴ちゃんはやっぱりおまえの嫁になるのか?」
「ん?そんなんじゃねえよ。何で急にそんな話になンだよ…!」
鬱陶しそうに話す几鍔。
素直にそうだと言わない所を見ると、どうも夕鈴の事を本気で心配しているだけ……にも見える。

なんだかんだと面倒見のいい几鍔が夕鈴を特に大事にしているのはこの下町では有名だ。
しかしそれは、夕鈴の恋愛事情に酷く影響してしまっている。

夕鈴は未だに付き合った男性も居らず、行き遅れになるやもと囁かれつつある。
惣菜屋の旦那は夕鈴が隣の店で1人で働いている姿を見る度、それがずっと気になって仕方なかった。
今朝、店の手伝いをする男を見て、とうとう夕鈴にも恋人が出来るのかと嬉しく思っていたのだ。

「……だったら少しほっといてやれや。
夕鈴ちゃんが行き遅れになりそうな原因の殆どはお前の存在にあるんだからな!
ここらの男共は、みんなお前の嫁になると考えてるから控えてるが、あの娘を好いてる奴は結構居るらしいじゃないか。
それはお前も知ってるんだろう?」


……。

知っている。

あんなお転婆女の何処が良いのか分からないが、くだらない男に良く好かれてしまう様だ。
その度に、牽制し遠ざけてやっていた。
夕鈴を本気で想うのなら、きっと自分に牽制されてもそれに構わず夕鈴に想いを告げるだろうと考えて。

しかし、未だにそんな男は…現れていない。


「……そんな理由でほっとけねぇよ。
あいつは……俺のシマの子供だからな!」

「はは!可愛くねぇなあ、お前。」
「うるせーッ!!」
「オイオイ年長者に対してうるせーはねぇだろ!」
几鍔は旦那にシバかれた。
「いてぇッ!…少しは手加減しろョ。」
「あっはっは!!」



兎に角、後で夕鈴に何も無かったか確認するとして、明日は見送った後に少し付近の見回りでもするかな。

几鍔はシバかれた頭をさすりながら、今後の対策を考えた。

│posted at 15:38:02│ コメント 0件
2015.12.24(木)

小犬陛下と饅頭屋 5-8


「そんな……。」
「ん?」

「そんな余裕が無いのにこんな無駄な買い物するなーーーッ!!!」

ヘラヘラと軽く家は財政難だと言う李翔に我慢出来ず夕鈴が叫んだ……!!!

その迫力に李翔も蒼白になる。

「えええーーーッ!?
いや、これは必要な買い物だし……。」
「どこがですかッ!」
ダンッ!!!
夕鈴は拳で机を叩いた!
「ッ!!」
「いいですか、李翔さん!!
必要な買い物って言うのは〜〜〜………」

以後、夕鈴の説教が長々と続く。

時には強く、時には優しく語りかける夕鈴 。
そしてそれにはい…はい…と頷く李翔。

しばらくそうしていたが、ひたすら倹約の素晴らしさを力説する夕鈴に恐る恐る李翔が一言呟いた。

「ところで夕鈴、お饅頭は……?」

「あ!!いけないッ!」


慌てて蒸し器を確かめに走った。

説教に夢中で商品をダメにするところだったが、蒸し器の中を確認すると丁度良い蒸しあがり時だった。
ホッと胸を撫で下ろし、蒸し器を釜戸から降ろした。

「大丈夫だった?」
「はい!!
……あー、つい偉そうに夢中で話してしまってごめんなさい……。教えてくれてありがとうございます!」

「いや、いいんだよ。」

「それで……李翔さん、私その簪はやっぱり受け取れません……。
その代わりまたお店にお饅頭を買いに来て下さい!
その方が私は嬉しいです……。」
「そうか。」

流石に、あれ程熱心に倹約について語る夕鈴にこの簪を無理に贈る事は出来ない。

李翔も素直に引き下がるしかなかった。

……どうやら、色々と間違えた様だ……。

どうしようかと思案しながら視線を落とすと、先程夕鈴が新しく淹れなおしてくれたお茶が目に入った。

「……じゃあ、今度一緒に湯呑みを買いに行ってくれる?
……どういった物が良いのかよく分からないし……。」

……そうね。
李翔さんの金銭感覚って狂いまくってるみたいだし、これは普通の買物の仕方を教えるのに丁度良い機会かもしれないわね!
……金色キラッキラな湯呑みを買ってこられても困るし。

「ええ、分かりました。
じゃあ、今度一緒に行きましょうね!…約束ですよ?」

すんなりと貰えたお誘いの返事。
李翔は思わず照れながらこくりと頷いた。

│posted at 15:09:52│ コメント 0件
2015.12.24(木)

小犬陛下と饅頭屋 5-7

「あ…あの。」
夕鈴は何とか声を絞り出す。
「夕鈴……もしかして気に入らなかった??」
ハッとして李翔を見ると、また先程の様に眉を下げ悲しそうにこちらの様子を伺う小犬がそこに居る。

慌ててブンブンと顔を横に振った。

「いえ!!あの……とっても素敵なものだと思うんですが……。
こんな……高価過ぎる物は贅沢…と言うか…気後れするというか…。」

「いや、そこまで高い物ではないから。」
気に入らなかった訳ではないと分かり、また微笑みが戻った李翔の顔を見て、夕鈴も少し気持ちが落ち着いて来た。
「あ、そうなんですか?
じゃあ……もしかして…試作とかイミテーションみたいなものですか?」

「いや、全部本物だよ。安心して?」

にっこりと微笑む李翔。
そして先程よりも動揺する夕鈴。


あ……安心できるかーーッ!!

夕鈴は心の中で叫んだ。


しかも…こんなにキラキラピカピカした宝石沢山の品を高い物ではないって何??

もしかして……超絶金持ちなのかしら。
……うーん、そうね。
前も昼間にふらっと来たし、今日も朝からこんなところにいてしかも急いでいる程ではないし。普通の人では無いわね!
女性の扱いにも手馴れてるというかスキンシップが多いというか……。

はっ!分かった!!

好き勝手遊んで暮らせる程のお金持ち貴族か何かの息子ね……?!
とんだお坊ちゃんだわ……。
これはちゃんと普通の感覚ってものを教えてあげないと!


夕鈴はすっかり世話焼きおばちゃんの心境になった。


「あの、ですね?李翔さん。貴方がお金持ちって事は分かりました!
でも、いくら御家にお金や財産があっても贅沢し過ぎてはダメよ?
特に、無駄な事にお金を使うなんて…絶対にしてはいけないわ!」

突然真剣にお金の事を諭してきた夕鈴に、今度は李翔が困惑する。


ん?何で急にそんな話に…??
……しかし、まあ、今自由に出来る財産なんて他の国と比べれば無いに等しいよなぁ。

……言って見れば、今の白陽国は財政難だ。


「あはは、僕の家はむしろ財政難かな〜。
無駄遣いする余裕はないから……無駄な事には使ってないよ?」


な……??財政難……???

│posted at 15:08:35│ コメント 0件
2015.12.24(木)

小犬陛下と饅頭屋 5-6

《贈り物を君に》

何故か切なげに見つめて来る黎翔。
顔の距離も随分と近い。

「いや、でも……。あの……。」

美形の男性の顔を間近で見るのも初めてでどう答えて良いの分からなくなる程動揺してしまう。

「夕鈴……。」

自分の名前を呟かれるだけで、頬が熱くなってくる。

「ちょっと…!李翔さんッ!!は…離して下さいっ!!」
「……やだ。」
ぽぽんっと夕鈴の顔が更に赤くなる。
「やだって何ですかッ!」

「じゃあ……受け取ってくれる?」

下がりきった眉。
捨てられそうになっている小犬の様な表情……。

そんな李翔の様子に負けて、夕鈴は思わず頷いてしまった。

「本当?!あぁ、良かったぁ!」


李翔の幸せそうな笑顔を見た瞬間、胸がドクンッと跳ねた気がした。

ああ、何だか無性に可愛いく見えるわ…。
美形は本当に得だわね……!!
こんなにも言うこと聞いてあげたくなっちゃうんだから……。

夕鈴は素早く李翔から手を離した。

「でも、本当に頂いて良いんですか…?」

「もちろん…!君が使えるようにと思って選んだから…。」

李翔は嬉しそうに椅子に戻って、卓上に置いた木箱を夕鈴の前にそっと差し出した。

長方形の木箱を見つめる。

……私が使えるように……?

「開けてみても…良いですか…?」
「うん!!開けてみて!」
李翔は笑顔で何度も首を縦に振る。

夕鈴はもう一度箱の大きさを確認する。

丁度、しゃもじか小さなオタマが入るサイズね。
…やっぱり…しゃもじかしら?
木箱に入ってるなんて…もしかして凄く良い物なのかも…。

ご飯粒が絶対にくっ付かない……とか!!

ワクワクしながら紐を解き蓋を開けると……。


中には。
光沢のある布に包まれた、見事な細工がふんだんに施された簪が鎮座していた。



何コレ………。
夕鈴は固まった。



簪には濃い金色の大きな花飾りがついており、細部に至るまで細やかな飾り彫りが施されている。

花の先端には蝶が優雅に羽根を広げており、その羽根には様々な彩りの透き通った珠が細かくはめ込まれまるで生きた蝶の様だ。

驚きのあまり箱を持つ手が揺れる…。

その揺れで蝶の羽根の先に幾つも付けられていた小さな宝石や金の飾り達がぶつかり合い、しゃらんっと優しい音を奏でた。



こ……これは一体いつどんな場面で付ける物なの……!?
以前、遠目に見た貴族の女性が似たような物を付けてたかしら。
うん、付けてたかも。

いや、それもこんなに眩くはなかったけど…。


李翔は酷く動揺している夕鈴を不思議そうに見つめていた。

│posted at 15:06:40│ コメント 0件
2015.12.24(木)

小犬陛下と饅頭屋 5‐5

「さ、ではお饅頭の蒸しあがりまでにコレも頂きましょう?」
夕鈴が笑顔で隣の主人がくれた肉団子を取り分ける。

「じゃあ…。」「「いただきます。」」

2人同時に一口大の肉団子を頬張る。

肉団子は肉汁が溢れる程に柔らかく、肉と中に入っている野菜の旨味が絶妙に混じり合い、何とも言えない美味しさだった。

「これは……美味しいね!」
「んん〜〜!!美味しいですよね!
滅多な事がないとこの肉団子は食べられないんですけど、今日は李翔さんのおかげで食べる事が出来て幸せです〜!!」
眼を輝かせながら肉団子を食べる夕鈴。
また一口入れてはやっぱり美味しいわ〜と満面の笑顔になる。

こんなに嬉しそうに何かを食べる子、初めて見た……!

「李翔さん、本当にありがとうございます!」
嬉しそうにお礼を言う夕鈴を見て、黎翔は思わず胸元に入れている小箱を服の上から触れて確認した。

肉団子でこんなにも嬉しそうにしている夕鈴だ。
この贈り物に、どれほど喜んでくれるのだろうか……。


「あのね夕鈴。」

どこか緊張した面持ちの李翔は、肉団子を食べ続けている夕鈴に話しかけた。

「ん、なんでふか?」(モグモグ)
「実は、今日はお饅頭の他にもう一つ用事があって来たんだ。」
そう言うと、李翔は懐から細長い木箱を取り出した。

木箱には光沢のある鮮やかな朱色の紐が花模様に結ばれている。

「それは……?」
「夕鈴、先日は絡まれてたところを助けてくれて……ありがとう。
これはその御礼に、君に贈らせて欲しい。」
「ええ〜!?いや、あの事は本当に気にしないで下さい!……むしろ私の知り合いが…申し訳ありませんでした!!」
改めて謝罪をする夕鈴を手で制する。
「いや、彼らも町の為にした事だろう?
それはいいんだ。」

李翔は立ち上がり、夕鈴の手を取った。
「でも、あのままだとずっと彼らに付き合う事になってただろうし…。
とにかく、僕はとっても助かったから…。
だから、御礼に…これを受け取って欲しい。」

そして両手で夕鈴の指先を包み込んだ。

「!!」

夕鈴はそっと手を離そうとしたが、李翔の手が絡み付いて離れない・・・。



「夕鈴、どうか受け取って?」



│posted at 15:04:43│ コメント 0件
2015.12.24(木)

小犬陛下と饅頭屋 5-4


じっと何かを考えながら見つめてくる李翔に気がつき、どうしたのかと少し戸惑う夕鈴。

不思議に思い首を傾げながらも、取り敢えず李翔に微笑んでみた。

「どうかしたんですか?」


ーーその上目遣いの微笑みが、昨夜想像した妃姿の夕鈴とシンクロするーー


夕鈴……。


思わず頬に触れようと手を伸ばし……た所で湯呑みに手が当たり李翔は我に返った。
コトコトッと湯呑みが揺れる。

慌てて湯呑みを掴もうとしたが、湯呑みは倒れ、床に落ち大きな音を立てて割れてしまった。


「あっ!」
「ご、ごめんねッ!!」

李翔は普段しない失敗をして動揺してしまった。

せっかく夕鈴が淹れてくれたのに……!

「大丈夫ですか!?やけどはしてないですか??」
「ああ、それは大丈夫だよ。それより湯呑みを割ってしまったから…」
「ちょっと見せて下さい!」

夕鈴は言葉を遮り両手で李翔の手を強く掴んだ。
手の平、手の甲、指先とやけどをしてないか確認していく。



柔らかい彼女の手が触れている。

其れだけの事なのに、何故こんなにも身体が熱くなるんだろう……。


「ん!大丈夫そうですね。良かったです。」
李翔の手にやけどが無いことを確認し、安堵の表情を浮かべながらそっと手を離した。


「うん……ありがとう。でも、湯呑みが……。」
「あー、まぁ、形あるものはいつか壊れる時が来るもんです。気にしないで下さいね!」
「いや、気にするよッ!……今度弁償するから…!!」
「ええ??そんなに気にしなくても……。
じゃあ、折角だから今度代わりの湯呑みを持って来て下さいますか?」
夕鈴が嬉しそうに提案する。

「うん……分かった。必ず。」


李翔のその返事を聴いて、また笑顔で割れた湯呑みをテキパキと片付け、新しくお茶を淹れなおしてくれた。


ああ……本当に…優しくて働き者だな。

湯呑みを割ってしまったのに、それよりも自分のやけどを一番に心配し、嫌な顔一つしないで割れた物を片付けてくれた。

やはり……この娘に臨時妃に来て欲しい。

先ずは色々と確認しなければ……。

「そう言えば、夕鈴はずっと此処で働いているの?」
「いいえ?働き出したのはひと月程前からなんです。
まぁ、働いたというより見習いのような期間が結構ありましたけど。」
「ふーん、そうなんだ。
饅頭屋さんも似合ってるけど……他の仕事とか考えた事ってないの?」
「他の仕事ですか?
ああ!!ありましたよ?
この仕事を本格的に始めるって時に、凄く良い王宮でのバイトの話があったんですけど、もう此処のバイトが始まってて……。
王宮ですよ!?王宮!!勿体無かったな〜!
先日またお誘いがあったんですけど……はぁ。」

今の所、住み込みは無理なんですよね〜、と夕鈴が溜息交じりに話してくれる。

「そうなんだ……。それは残念だったね……。」



夕鈴。


やっぱり君が臨時妃の第一候補者だったんだね……。


夕鈴が住み込みバイトを断った時の事を考えた一瞬、李翔の紅い眼が妖しく揺らいだ。

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2015.12.24(木)

小犬陛下と饅頭屋 5-3

「じゃあ、ひと段落ついたら休憩にしますから、それまでもう少し待ってて下さいね!」

店に戻ると、夕鈴は二度目の蒸し工程の準備を始めた。

朝からずっと働いている彼女を、自分が手伝える事があれば手伝って早めに休憩させてあげたい……。

そう思った李翔は、何かにつけて手伝いを申し出た。

「何か手伝おうか?」
「それ運ぼうか?」
「重いでしょう?持っててあげるよ??」

夕鈴はそれをいちいち断わっていたが、とうとう李翔が釜戸の蒸し器に手を伸ばした時……。


「素手で触ると危ないでしょッ!!
いいからじっと座って待ってなさいッ!!!」

思わず李翔の手を払いのけ、叱りつけた!


ああぁっ!しまった……!!
ついうっかりお客様の手を……!!!


どうしよう!と思った途端。

「……はーい。」
頬を赤らめつつ素直に引き下がる李翔。


何がどうなったのか分からないが、李翔はニコニコと大人しく椅子に座った。

「い…良い子にしてて…下さいね?」
「うん。」

何だか分からないけどゴキゲンな間に作っちゃおう……。
夕鈴は今の内とばかりに、急いで饅頭を作る事に専念した。



「お待たせしました、李翔さん。
休憩にしましょうね!」

漸く作業がひと段落したので、李翔に声を掛けながらお茶の準備を始めた。

「じゃあ、ちょっといいかな?」
「何ですか?」

李翔は咳払いをしながら夕鈴の方へ向き直る。

「お嬢さん。…お饅頭を1つ下さいな。」

夕鈴はキョトンとなったが、すぐに李翔の意図に気がつき……。

「はい!ただいまッ!!」

気合いの入った全力営業スマイル。
李翔にはそれが一段と輝いて見えた。


丁寧に包んだ饅頭を渡して、代金を受け取る。

「コレでやっとちゃんとしたお客様だ。」
「そう言えばそうでしたね!」

2人で前回のやり取りを思い出し、笑い合った。


ようやく。
食べたい食べたいと思っていた饅頭を食べられる……。

夕鈴が見守る中、一口、遠慮がちに頬張る。
あの時同様、優しい甘さがじんわりと広がって行く。

「うん、美味しい……!」
「ふふっ、良かった!!」

少し頬を染めてはにかむ夕鈴。
その仕草がなんとも可愛らしい。


「あの……。折角だから、さっき貰った肉団子も食べようか。」
「あ、ではちょっと待ってて下さいね?」
夕鈴がいそいそと2人分の取り皿を準備する間も、李翔は饅頭をゆっくり大事そうに食べていた。

出来立ての饅頭はまだ少し熱い位に暖かく、一口食す度に身体の内から前日の政務の疲れが解れていくようだ。

この饅頭の美味しさ。
初めて食べた時以上かもしれない。


「……なんて美味しいんだろう。」

「出来立ては特に美味しいんですよ〜!」
そう言いながら2人分のお茶を淹れる。


……もし彼女が臨時妃に来てくれても、こうやって自分に接してくれるのだろうか……。


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2015.12.19(土)

小犬陛下と饅頭屋 5-2

「良かったらここにある薪、割っておくよ?」
「え!?いやいや、結構ですから。
李翔さんは休んでて下さいっ!」
「んー、でも身体動かすとストレス解消出来るんだよねー…。やりたかったな〜。」


その姿は先程とは打って変わり、すっかりしょげかえった小犬のよう。


ええ…。
そんなにしたいものなの?
薪割りが……??

「そ、そりゃあ薪割りして貰えるなら助かりますし嬉しいですけど……。」
「じゃあ、決まりだね!」
「……あ、はい。」

黎翔の嬉しそうな笑顔に惹き込まれ、夕鈴は思わず頷いてしまった。



饅頭の生地をこねて、前日から仕込んでいた餡を包む。
そして出来たものから蒸して行く。

黎翔が薪割りを買って出てくれたお陰で、作業が随分と捗った。

火種を貰った御礼をする為、夕鈴は出来上がったばかりの饅頭を包み、店の外に出た。


「李翔さん?!」
「あ、もう出来たの?」
「おう、夕鈴ちゃんおはよう!」

夕鈴が裏口から出ると、李翔と隣の店のご主人が楽しそうに話していた。

「おはようございます!
えっと、李翔さんどうしたんですか……??」
「この兄ちゃんが、ウチの分もって薪を割ってくれてね!!助かったよ〜。」
仕事も早いし、凄いな兄ちゃん!!と肩を叩かれ、李翔も喜んでいる様だ。
「いや〜、夕鈴ちゃんにこんな男前の恋人がいるなんて知らなかったな〜。」
「こ、恋人じゃないですッ!
全く全然そんなのじゃないですからッ!!」
すぐさま夕鈴は真っ赤になって否定した。

……おやおや。

総菜屋の主人は、夕鈴の後ろで寂しそうな表情になった李翔を見てにやりと笑った。

「ん〜?そうか??
こんな朝から店ェ手伝ってるから俺はてっきりそうかと思ったのに。何だ違うのか〜。」
「もう、旦那さんはいっつも憶測でモノを言って…!
大概にして下さい!!」
そう言いながら饅頭を手渡すと、ご主人は待ってました!と言わんばかりの笑顔になった。
「いつもありがとうよ!」
「こちらこそ、いつもありがとうございます。」
「じゃあ、コレは薪割りの御礼だ。兄ちゃん、二人で食べなよ。」

隣の総菜屋さんこだわりの看板商品肉団子。

「「ありがとうございます。」」

夕鈴と李翔の声を揃えたようなお礼の言葉。

息もぴったりなのになぁ…と総菜屋の主人は思わず声を出して笑った。


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プロフィール

えぐち

Author:えぐち
江口(。-_-。)と申します。
場合によって、漢字のみだったりひらがなだったり。
どうぞよろしくお願い致します。

当ブログは、原作・原作者様・出版社様とは一切関係がありません。
初めましての方は、『はじめに』をご覧下さい。

 
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