2015.11.06(金)

小犬陛下と饅頭屋 1ー2

ある晴れた日…。

【白陽国 王都乾隴 下町】

その日早朝から下町を彼方此方と歩いていた男は、軽く小腹を満たそうと小さな商店が並ぶ区画に向かった。

何軒かの店を見ながらしばらく歩いていると辺りを漂う美味しそうな香りに引き寄せられた。その香りを辿って行くと、とある小さな饅頭屋に行き着く。男は顔を上げて、店を検分するかの様にまじまじと見渡した。

店構えは古く小ぢんまりとしているが、手入れはしっかり行き届いていて気持ちが良い。
饅頭屋の奥を覗くと、小さな卓や椅子があり、更に奥に背の低い屏風が見えた。その屏風の向こうに、頭上で髪を2つに分けて結っている女性らしき影が動いている。影は忙しなくぴょこぴょこと動き、まるで兎の耳の様。

男は店の前でしばらく佇んでいたが、何時までも自分に気が付いて貰えそうにないので、仕方なく影に向かって声を掛けた。
「こんにちは。」
「あ!お客さん?ちょっと待ってて下さいね。」
ゴトゴトと何かを仕舞う様な音がして、栗色の眼をした若い娘が表まで出てきた。

「いらっしゃいませ!お待たせしてごめんなさいっ!」
人懐っこい笑顔を見せた後、娘は言いにくそうに言葉を続けた。
「せっかく来て頂いて申し訳ないんですが、もう今日の分は完売してしまいまして…。」
「えっ、もう売り切れてるの?」
「お陰様で!まあ、私一人で作ってるので、作れる量もそんなにないんですけど。
よかったら…明日の予約でしたらお受け出来ますが、如何ですか?」
「そうなんだ。でも残念ながら予約は出来ないや。…滅多にこの辺には来られなくてね。」
「あら〜、そうなんですか…。」
お客は見るからに落ち込んでいる。
長身の優しそうな青年だが、今の姿はご飯をお預けされている小犬の様。何だか垂れた耳まで見えそうだ。
「もう完売してる位美味しいお饅頭か。
そうだな、またいつかきっと食べに来るよ。」
片手でお腹をさすりつつ力ない笑顔で店を後にしようとした男を思わず引き留めた。

「あ、あの、ちょっと待って下さい!」
「え?」
「その…お客さん、見た目を気にされる方ですか?」
「うん?」

娘が急に見た目の事を聞いて来たので、男は思わず自分の格好を確かめた。
外套も服も普通の筈だ。色合わせもおかしくない…と思う。…と言う事は、眼鏡が太めの黒縁なのがおかしいのだろうか。

「そこまで気にする方ではないけど、何処か変だった?」
きょろきょろと自分の姿を確認する男を見て、ふふっと娘が笑い出した。
「いえ、違うんです!言葉足らずでごめんなさいね。お客さんの見た目ではなくて、お饅頭の見た目です。滅多に来られないんでしたら、せっかくなんで味見だけでもして帰って下さいな!」
「え?完売したんだよね?」
「…内緒にして下さいね?」
娘はそう言い店の奥に引っ込むと、ニコニコしながら竹で編んだ籠を持って来た。中には美味しそうな饅頭がいくつか入っていたが、どれも少し形が歪んで見える。
「時々、同じ様に作っていてもこうやって見た目が余り良くない物が出来るんです。味は一緒なんですけど嫌がる人もいるし、何よりここの女将さんが品質に厳しい人で売り物にはならなくて。」
娘は少し寂しげに饅頭を見た。
あと少し形が良かったら、餡がはみ出さなかったら、商品になって誰かが食べてくれたのに。何とも勿体ない。
「それで見た目を聞いてきたんだね。」
男が納得したように微笑みながら頷いた。
「はい、ではおひとつどうぞ!」
茶色の包紙で饅頭を丁寧に包むと、娘は男にそれを差し出した。

「…いいの?売り物じゃないって言っても…。」
「どうせ私が持って帰るモノですから。お客さんの味見として食べて貰えるならお饅頭も本望でしょう?」
「本望…なんだ。」
ククッとくぐもった笑声が漏れ聞こえてきた。娘の言葉にウケた様だ。
「その代わり、是非また買いに来てくださいねっ。よろしくお願いします!」
途中から営業スマイルになって元気に勧誘する娘が、何だか可愛らしく見えた。
「うん、じゃあ必ず来ることにするよ。ありがとう。」
男は客思いの元気な娘に御礼を言って店を出た。

歩きながら、貰った饅頭にかぶりつく。思ったよりも口溶けの良い生地に、上品な餡の甘さ。
「…美味しい。」
後味も優しく、これなら何個でも食べられそうだ。まだ昼にもなっていないこの時間に売り切れてしまうのも頷ける。
『また買いに来てくださいねっ。』
客に対し親身になってくれた娘の姿が思い浮かぶ。
くるくると表情が変わって面白い娘だった。

いつ会いに行こうかな…。


男は其れまでとはまるで別人のように、紅い眼を細めてニヤリと笑った。

│posted at 21:46:23│ コメント 0件
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