2015.12.24(木)

小犬陛下と饅頭屋 6-2

《後宮の花》


「もう……違うったらッッ!」

苛立ちを露わにした女性の声の後、何か物を叩いた様な音が廊下まで響く。

「も…申し訳ありませんっ!」

狼陛下の後宮に住まう唯一の寵妃の部屋に、床に頭を押し付け許しを請う女官の姿があった。
「あなたはもういいからお下がりなさい!
誰か、もう少しゆったりと……美しく見えるように結い上げて頂戴ッ!!!」

「はい、只今…。」

直ぐに別の女官が妃の背後に回り、戸惑いながら結った髪を解き、櫛を通し始める。

「誠に……申し訳御座いません…。」
床に手を付いたまま座り込んでいた女官は他の女官に促され、もう一度頭を下げた後静かに退室していった。

その後、部屋には『もっと美しく…!』という妃の要望に応えるべく、次々と新たな宝飾品が運ばれ、衣装もより華やかな物が用意されていく。



飾り職人との謁見以降、臨時妃はより見た目を良くしようと躍起になっていた。

宝飾品を選んでいる時に見た、陛下のあの麗しい微笑み。
あの時。
陛下が演技でなく心から微笑んで下さったと思い、苦しくなる程に胸が高鳴った。


もしかしたら、自分に振り向いてくれるかも知れないと考えて……。


しかし、それ以降、夫婦演技に特に変化は無かった。
夜、妃の部屋を訪れても、側に近寄る事すら憚られる程の険しい顔で書物を読んだり仕事をしたりするだけ。
……今迄と全く変わりが無い。


今日、眼鏡を掛けた側近から契約終了時の注意事項などの話があった。
焦りに焦った臨時妃は、着飾り様が足りないのかもしれないとの考えに辿り着き、今に至る。


もっともっと美しく着飾って、もう一度あの時の様に微笑んで……見つめて貰うのよ!!


「……コレより豪華に見える物はないの?」
「申し訳御座いません……只今…探して参りますので……。」
青ざめた女官達が慌ただしく部屋を行き来するのを横目に見ながら、臨時妃は挿していた柔らかな色合いの花簪を抜き取り、ギュッと握り締めた。

こんな可愛らしい物ではダメだわ……。


もっと豪奢に妃らしくしなくては!

どんな貴族の女よりも艶やかに……!!



陛下の目に留まる為に……!!!



そして夜。


「お妃様、陛下のお渡りで御座います。」
「!!」

ススッと女官の1人が姿見を持って妃の前へ出て、もう1人が失礼しますと言いながら化粧を仕上げていく。
最後に女官達は着飾った妃の衣装を綺麗に整え直した。
自分達でも納得の出来栄えだと思う。
昼間、大層機嫌の悪かった妃も満足気な様子で、女官達は密かに安堵していた。

それが終わると同時に、部屋に狼陛下が入って来た。
女官達は部屋の隅に下がり、深い礼をとる。

「妃よ……。」

陛下!!!

臨時妃がゆったりと振り返ると、狼陛下が息を呑み僅かに驚いた表情になった。

「……これはずいぶんと……艶やかな……。」
暫し固まった後、満面の笑みを見せた陛下。

それを見て臨時妃も女官も、心の中で『よしッ!!』と叫んだ。
笑顔で妃に歩み寄る陛下に、女官達はしずしずと下がっていった。

「……今日は一段と華やかだな。」
「は……いっ!
何としても……本物のお妃様に近付ける様にと思いまして…!」

それを聞き、陛下はクスクスと笑い出した。

「ああ、そうか。なるほど。
まさに……その姿は本物の妃だな。」


その言葉に、臨時妃の期待は高まる。

こんなに楽しそうに笑う陛下を、今まで見たことがなかったのだから当然のことだった。



│posted at 15:39:38│ コメント 0件
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