2015.11.11(水)

小犬陛下と饅頭屋 1ー6

「…行っちまったな。」
「そうね。」

2人は馬車が見えなくなった後も暫くその方向をじっと見つめていた。

「明日からは一人でお店を切り盛りしてかなくっちゃいけないのね…。」
夕鈴は緊張した面持ちでポツリと呟いた。

「…手伝おうか?」
「ううん、いい。小さな店だし、女将さんが私ならって任せてくれたんだもん。頑張るわっ!!」

「そうか。」
几鍔はニヤリと笑うと、夕鈴の頭をポンポンと軽く叩いた。
「まあ、精々頑張ってみろや。」
「!!望むところよ!」
夕鈴は拳を上げて気合いを入れる。何時もながら勢いが良い。

そんな夕鈴を見て、几鍔はまた嬉しそうにニヤリと笑った。

「ま、お手並み拝見と行くか。」




《陛下の誤算》


「何だあの女は…!」

狼陛下が忌々しげに書類を机に叩き付けた。

「陛下。書類を投げるのはお辞め下さい。」
李順は涼しい顔で黎翔を諌めた。
…書類の為に。
「李順、もう少しマシな女はいなかったのか?」
黎翔は溜め息混じりにそう呟くと、気怠そうに長椅子にもたれ掛かった。その顔からはかなりの疲れが見てとれる。
ここ数日、黎翔は後宮に行きたくないが為に夜通し政務に励んでいたのだ。
それでは何のために臨時花嫁を雇っているのやら。
李順はそう思い、少しの間だけでもと強引に後宮に行かせたのだが…。
「お妃様は…お妃様としてはそこそこの働きをして下さっていますが?」
「…。目線も鬱陶しいが、口も鬱陶しい。もう最近は姿を見るのも鬱陶しいよ。」
顔をしかめながら嫌そうに呟いている黎翔を見て、李順も溜息が出そうになる。

臨時花嫁としてやって来た趙 麗華は、仕事は真面目にこなす女性だった。…だが、惚れやすく、色恋に心底のめり込むタイプであった様だ。
初めこそ冷酷非情と称される狼陛下に恐々と接し、妃として当たり障りない演技をしていたが、美丈夫な陛下に間近で愛を囁かれ(演技)、周りの者に『お妃様』と持て囃されてその気になってしまったのだ。
時が経つにつれ、興味を持って貰おうとしているのか黎翔に積極的に話し掛けて来るようになり、今では本物の妃になりきってしまっている。演技妃として十分な働きをしてはいるものの、色目も香油の香りもどんどんと濃くなってきて、側に居るだけで精神的にキツイ。
悪いという程の人物ではないが、黎翔にとっては鬱陶しい事この上ない。

「そこまでお辛いのでしたら、辞めさせますか?」
李順が見かねてそう提案したが、黎翔は何も答えないまま考え込んでしまった。

正直なところ、すぐにでも辞めさせたい。だが、妃の入れ替わりが予定よりも早いのは望ましくない。
怒鳴りつけて急に夫婦演技が出来なくなるのも困る為、今は余りキツくは言えない。

黎翔はまた一段と大きな溜息をついた。

「…では、私から一度忠告をしておきましょう。ですが、まだ10日しか経っておりません。契約はひと月なんですから、もう少しご辛抱下さい。
なにせ、この無茶な計画を思いつかれたのは陛下なのですからね。」

李順のその言葉を聞いた瞬間、視界が大きく揺らいだ気がした。


まだ…あと20日もあの煩わしさを耐えなければならないなんて…。

もう…。

息抜きがないと、無理。




翌日の早朝、王宮から黎翔の姿が消えていた。

……勝手な事をっ!!

李順は叫び出しそうになるのを何とか耐えた…。
│posted at 00:51:16│ コメント 0件
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